やっとカンペキ

April 30, 2000

明日DueのPaperを今日完成させた。

一回Professorに見てもらって、好感触を得てたから良かったけど、さらに突っ込んだことを要求されたから、テストが終わったあとにまたイロイロと考えた。なんだか、脱線しだした気もしないでもないけど、それなりのことがかけたから満足。あとは、明日無事に提出するだけ。

あぁ〜つかれた。お休み。


告白

April 29, 2000

ワタクシ知らなかったんです。本当のことを。

知らないってコトは本当に恐ろしいことですわ。知人のモノを見て、今日初めて気が付いたんですの。あんなに横長だなんて…

ワタクシ、てっきりもっと狭いものだと思っておりましたの。だって、皆さまそうでしょ?一見しただけでは気付かないのが普通だと思いますの。

ワタクシ、決して箱入りとか、世間知らずとかでは無いと思いますの。なのに、何で…今日の出来事は、本当にワタクシを焦燥させましたし、本当に疲れました…挿入し過ぎましたの。

なんのコトですかって?ワタクシの口からは恥ずかしくて申し上げられそうにもございません。もういい加減、時も経ちましたし、許されることではないと思いますの。

ええ、しょうがありませんわね。意を決して申し上げますわ。実はワタクシ、英文と英文の感覚をスペース一つ分だと思っておりましたの。ええ、こちらに越してきてから、ずっとそれで通して参りましたわ。でも、正式には二つ分だなんて…

え?直したかですって?ええ、勿論ですとも。ワタクシの性格ではそのまま放って置くわけには参りませんもの。18ページ分全て一つずつ挿入いたしましたわ、スペースを。

その作業は心に空白を一つずつ埋め込んでいくかのような空虚な作業でしたわ。実りの無い懺悔のような作業に心も体も疲れ果てました。

でも、いいんですの。この年でもまだまだ成長出来ることを発見したんですもの。

今日は、このお話をしてすっきりしましたし、疲れておりますのでよく眠れそうですわ。


YESならNO

April 28, 2000

何か自分の意見を表明するとき、みんながYESというならNOと言いたいのがボクの特色。でもこれって、へそ曲がりだとかそう言うんじゃなくて(もちろんちょっとはそう言う部分があることは認めるけど)、そうすることによって何かが産まれるんじゃないかって、漠然と信じているから。

まぁ、単純な話、みんながYESというならば、最初のみんなが合意したような一定の範囲内からはみ出ることはあり得ないと思う。つまり、みんながYESというならば、そこにはさらにより良いものにしようって言うインセンティブがなかなか働きにくいということ。でも、もし誰かがNOというならば、それを説得するため、その意見に対応するため、YESといっていたヒト達は何かを考えなくてはいけない。NOをYESに変えるため。

みんながYESといっているときにNOというのは、ある意味ゲームみたいなもんでそれを楽しんでいる部分も否定できない。普通に考えたらYESだけど、いかにNOということに説得力を持たせるか、debateみたいな知的遊戯。NOをサポートするためには論理的な思考も必要だろうし、また違った視点が不可欠なことは言うまでもない。

何かの改革案を議論するときに、既得権益からの意見は間違いなくNO。でも、誰かがYESといわなければいけない。もし、みんながみんなNOならば、いつまで経っても既存の枠組みから抜け出すことは出来ないし、dynamicな社会ではなくて沈滞した社会になってしまう。

Schumpeterが言っていた”creative destruction”はそういう意味もあるはず。

ボクの意見が100%あっているなんて言う自信はどこにもない。でも、100%間違っていることも有り得ない。

「…とボクは思うけど、どう思う?」

YESとNOが新たなモノを生み出せれば、それが一番うれしいこと。

それが実現するのはいつのことだろう。

と、シャワーを浴びているときに色々考えていたら、その前に思いついたpaperに書こうと思ってたアイディアをすっかり忘れてしまった。

なんてこったい。


ウワサ話と倫理と宗教、そして個人主義

April 27, 2000

やっと2連チャンのfinalが終わった。あとは5/9までテストは当分無い。ずいぶんと心が軽くなった。

テストが終わってクラスメートとStarbucksでコーヒーを飲みながら、ひさしぶりに色んな話をする。彼女曰く、Buffaloの韓国人コミュニティーは、ここの日本人コミュニティーを圧倒する位にウワサ好きみたい。確かに、日本人コミュニティーよりもキリスト教っていうモノで繋がっていて、ほとんどみんなと直接的、間接的に知り合いみたいなものだからかも知れないけど。ただ、興味深かったのは韓国でも同じことらしい。特別Buffaloという限られた範囲内だからということではないみたい。

そこで、ボクの思考は倫理と宗教に飛ぶ。

山本七平は「われわれの社会に規範が無いわけではなく、場合によっては彼らの宗教ないしは宗教法よりもっと厳しい規範があり、それゆえに、日本は世界で最も安全で秩序立っている国…」(『「あたりまえ」の研究』文春文庫)
であると述べている。これはボクがずっと漠然と感じてたことが文になったもので、これを読んだ時に、「そうそう」とすごく納得した気がする。

このような現象をわれわれが持つに至った原因の一つとしてボクは、日本の社会がムラ社会から発展してきた経緯があると思っていた。それは、なにも江戸時代とかの原始的な共同体に限るわけではなく、戦前・戦中の隣組などもその一例である。つまり、周りの人々の視線を意識するがゆえに、その目を気にし、自然と倫理的なモノに従うということ。衆人の監視が行き届くような、ある意味閉ざされた世界だからこそ、その興味は内部へと向かい、その結果としてウワサが生まれるのではないのかなと。だから、他人の目が行き届かなくなると、倫理や規範は低下する可能性がある、受動的な倫理観を日本人は持っているのかもしれない。まぁ、倫理その物が能動的なものかどうかは、ボクには分からないけど。

だけど、ここでいくつかの疑問が生まれる。韓国では国民の、たしか40%ほどがキリスト教を信じている。もし、ボクが考えたことが正しいならば、韓国人は何で宗教を必要とするのだろうか。韓国は日本と同じか、それ以上の共同体社会という印象を受ける。イエという概念がいまだ社会の中で重要な役割を果たしている。したがって、日本よりも衆人環視の目は厳しいはずだから、宗教というものがもし行動の規範となるものであるならば、なぜ必要なのだろうか?もし、日本に存在するような、宗教と代替的な規範が周囲の環境によって生み出されたのでないとすれば、何がわれわれにそれをもたらしたのだろうか?

ただ、これだけははっきりしているだろう。開かれていない世界はウワサを生み出す。ヒトによってはこれを個人主義が発展していないからだというかもしれない。でも、ちょっと待て、果たしてそれは正しいのだろうか。個人主義は元々「西洋的」なモノであって、東洋的なモノがそれとequivalentなのだろうか。榊原英資は日本型資本主義を語るにあたって、山崎正和の意見を借りて、日本型個人主義というものを紹介している。

正直言って、これに関して意見を述べるほどの知識をボクは残念ながら持ち合わせていない。ただ、日本人の倫理観と他の国の人々にとっての宗教との関連、異なる個人主義などに関心と疑問は尽きない。いつかきっと自分の言葉で語れる様になろう。それはきっとボクが漠然と感じている日本人の能力と可能性を説明する手助けになるはず。


やっと1つ

April 26, 2000

Interenational economicsのFinalが今日終わった。出来は、まぁいいところまでいくでしょう。あとはpaperの出来如何だね。

でも、予想してたのよりか難しかったから、問題文を見たときにはちょっと焦ったけど。っていうか、undergradとcombineだから問題もむちゃむちゃ易しいだろうってタカを括ってた部分があるからなんだけど。

本当ならば、一休みしてリラックスしてから、次の勉強を始めたいところだけど、あいにく明日もFinalがあるからそんなことも言ってられない。しかも、今日あったのと明日のは、examがfinalだけしかないから範囲もむちゃむちゃ膨大で、覚えることがありすぎるのが難点かな。でも、テスト準備っていう観点では高校・大学と培った「すぐ覚えて、すぐ忘れる」能力が役に立つ。本当の意味での勉強では、効果は疑問だけど。まぁ、重要なことは自分なりに筋道を立てて考えられて、理解していれば十分じゃないかなとも思う。

昨日の夜、Yahoo!の掲示板で大学院進学についてのスレッドをずっと読んでた。テストのために早く寝なきゃと思ってたんだけどね。いろいろな大学院生がいっぱい書き込んでたけど、いや、ホント変なヒトが多いわ。たぶん、あれは理系、文系に限らないはず。確かに、今のクラスメイトは勉強の面で刺激を受けることがなかなか多くないけど、人柄って言う面では、international studentが多いせいか、みんなはつらつとしてる。そういえば、やらなければいけないことに追われてたから気付かなかったけど、あと2週間くらいでもう二度と会わなくなっちゃう奴等もいるんだよなぁと思うと、ちょっと複雑な気分。

もちろん、変なヒトばっかりじゃないのはよく分かるけど、なんだかやっぱり現実社会のヒトと勉強の道へ進んだヒトとの差は激しいのかもしれないと思った。

これからボクが進むであろう道の険しさもよく分かったけど、それにしてもよい反面教師に出会ったもんだ。


激辛口

April 25, 2000

最近、人に対してものすごくトゲトゲしいと思う。何だか、精神的に余裕がない感じ。むちゃむちゃ辛いこととかを平気で言うし、あんまり笑えないタダの辛口だったりするから、言ってる自分に自己嫌悪。先セメの終わりも確かそんな感じだったはず。semesterが終わりの方に近づいてくると、どうやら疲れも溜まってきているらしく、起きれないことも何回か。今セメはまだ風邪を引いてないからいいようなものの、先セメはテスト勉強中に熱出してて、テストも朦朧としながら受けてたから、本当に辛かったな。

なかなかストレスを発散するのは難しいから、せめて風邪だけは引かないようにしようと思う。休みに入るまで、周りのヒトには我慢してもらおう。


新商品発表

April 24, 2000

え〜、本日はお足下のお悪い中、弊社の新製品発表会にお越しいただきまして、まことにありがとうございます。社長以下、社員一同感謝申し上げます。

さて、この度当社が開発させていただきましたのは、画期的なトイレシステムです。男性諸氏は、常々感じられていることと思いますが、小用を足す際に、我々を悩ますのが『飛沫』でございます。

心地よく用を足している際に、思い掛けない『飛沫』が飛び散ってしまうことに悩まされるコトは多いかと存じます。これが、公衆便所などの場ならば、余り気にもされないかもしれませんが、ご自宅やキレイに掃除が行き届いているオフィスのトイレなどでは、いささか気になる存在であることは間違いないと思われます。

また、ご家庭のトイレをキレイにされている奥様方も、自分のモノでない『飛沫』を掃除されるコトは、まことに符に落ちないことでしょう。

さて、当社では、昨今注目されております、複雑系に焦点をあてこの『飛沫』が飛び散ってしまうメカニズムを解明することに成功いたしました。

簡単にご説明させていただきますと、よく皆さまご存知の「バタフライ効果」がここでのカギとなります。平穏な便器の中の水面に、一滴の、何と言いましょうか、『液体』が高度およそ50cmのところから落下することによって、それまで平穏な水面はさざ波立ちます。これは目に見えるものから、目に見えないものまで様々です。

水平に保たれた水面に対して用を足す際には、ほとんど問題はなく、『飛沫』も最小限に保たれるのですが、「バタフライ効果」が生み出した「ゆらぎ」、ある意味、荒れ狂った水面は思わぬ『飛沫』による攻撃を生み出します。

さて、当社ではこの荒れ狂う便器の中の水面のパターンを解析し、波立った水面を相殺することにより、平穏な水面を作り出す超音波イコライザーを開発したわけです。これをご家庭やオフィスのトイレに取り付けていただくだけで、夜明けの海のごとく穏やかな水面をお客様のトイレにもたらします。さらに、超音波の働きにより、便器に汚れが付着するのを防ぐ働きもございます。

コンパクトかつ目立たないデザインは必ずやお気に召していただけると確信しております。なお、弊社では、TOTO、INAXなど国内一流便器メーカー様と共同で製品開発を行っておりまして、各社の便器カラーと全く同じラインアップを揃えさせていただきました。

将来的な事業展開といたしましては、ウォッシュレットとの一体化を第三四半期をめどに計画しておりますほか、この技術を応用して、カレーうどんでカレーの汁が飛ばない箸の開発も平行して行っております。

なお、申し遅れましたが、弊社の新製品の商品名は「ひまつぶし」と命名させていただきました。

以後、ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。


勉強のための勉強

April 23, 2000

今日はSuicidal wingsにやられたお腹を抱えながらも、一日中テスト勉強。

でも、テスト勉強ってここまで来ると、勉強のための勉強って感じが否めない。次のステップに進むための。結局テストって自発的に勉強しないヒトを勉強させるための道具である意味合いが強いと思うんだよね。だって、勉強したいと思ってるヒトは自分でするでしょ?たとえば、自分が興味をいだいているコトについてpaperを書こうと思ったら、イヤでもいろいろなことを自分で勉強しなければいけないわけで、逆に言えば、そういうものが無かったら勉強しなくても生きていけるし。

たとえば、なんのために理論から導き出されたものを暗記する必要があるんだろう?そんなの理解しているだけでいいじゃないか。

勉強はしたいけど、テスト勉強はもう嫌だな。

これをあと何回繰り返すんだろう。でも、勉強したいヒトは自分で勝手にするって言うのは、当たり前のことで正論だけど、当たり前のことなのにテストなるものがずっと行われているのは、やっぱり人間それだけじゃなかなか勉強しないんだろうなぁと、自分を納得させてみる。

納得してみたものの、なかなか集中できない。こういうときってホントやな感じ。

ロボットになりたい。


Suicidal wings

April 22, 2000

去年のSummer programの時の友達がはるばるNiagara fallsを見るために遊びに来た。でもって、今日が誕生日だったらしく、他の友達何人かとBuffalo名物(?)Buffalo wingsを食べてきた。そこで、まっじ辛いSuicidal wingsを注文してみんなでギャーギャー言いながら食べてたんだけど、調子に乗って二つ食べたのは失敗だったかも。辛いものを食べると次の日腹の調子が悪くなるって言う話を聞いていたけど、やっぱり本当かもしれない。

帰ってきたあと、勉強するつもりだったけど、あえなく撃沈。

おそるべしBuffalo wings…


一日の行動

April 21, 2000

起きた。
ジェルを盗まれていることが発覚。

授業、一コマ。

勉強。

友達とご飯。
すごく待たされる。
どうやらみんなが頼んだ分ができ上がるまで持ってきてくれないみたい。

再び勉強。
レポートに挿入するグラフ作りにはまる。

今に至る。

これって、潤いのない生活だよなぁ。


Acceptance

April 20, 2000

クラスメイトの韓国人が、あの宇多田ヒカル(漢字あってるのかな?)が9月から行く、Columbia univ.からacceptされたらしい。確かに、彼は優秀だと思うし、韓国でもMAかなんかにいたらしいから、当然っちゃ当然だと思うけど。でも、やっぱり何か焦るなぁ。結局このBuffaloにもう一年いることにしたわけだけど、果たしてGPAをキープしつつ、実りのある一年にするのはちょっと大変そうな気がする。大体、一番の悩みは次のセメスターに何を取るかっていうこと。international studentだから、4つのクラスを取らなければいけないんだけど、どうあがいても3つしか取りたいのがない。GPAをキープするっていう観点と、自分の興味っていう意味で。ふうぅむ。

GPAを気にしないんだったら、Ph.D.レベルのコースとかも取りたいけど、取ったらむちゃむちゃな生活になるのは目に見えているし、そうしたら他のクラスでGPAを今の水準でキープし続けることも難しくなってしまう。

色々考えることが多くてヤダ。しかも、非生産的で事務的なコトなのに。

とりあえず、テスト勉強をしよう。いまやっとかないと、週末に友達が遊びに来たときに、一緒に飯さえも食えない状態になっちゃう。


日記

April 19, 2000

この日記を3月に書き始めてから、初めて書かなかった日。正確に言うと書けなかった。思いのほか、集中して勉強がはかどったのはいいけど、終わったら日記を書こうなんていう気力も残ってなかった。ちゃんと勉強してたら、そんな余裕も生まれないのかな?

それはそれでいいけど、何だか悲しい気もする。


いっぱいいっぱい

April 18, 2000

今日はクラスが終わったあと、一日中paperにかかりっきり。というのも、明日のクラスでpaperについて10分ぐらいのプレゼンをやらなければいけないため。もともと、このpaperを書くに当たっても、情報が多すぎてどうまとめればいいか、どうすれば話の筋が通るか、どうやったら自分の意見をサポートできるかでむちゃくちゃ悩まされたっていうのに、さらにこれをまとめて10分で話すっていうのは、ボクにとってはかなり至難の業。

というわけで、ああでもない、こうでもないと普段使わない部分の頭をフル回転させてる途中。しかも、ちゃんとしたプレゼンなのかどうかいまいちよく分からないので、OHPを使うかどうかもまだ決めてないし…もし使うならば、transparencyを作らなくてはならない…せっかくPowerPointが使える教室だけど、fileを作る余裕は今は無いな。これを完成させたら、またfinalに向けた勉強の続きをしなければいけないし。

ホントこの時期はヤダヤダ。色んなことが一気に襲ってくる。色々勉強以外でやりたいことはいっぱいあるのに。


仮面

April 17, 2000

大学の時の英語の先生が言ってたこと。

英語のpersonはラテン語のペルソナに由来するらしい。ペルソナは仮面という意味だと、その時先生は言っていた。タダの雑談に過ぎなかったし、その語源自体があっているかどうかはボクにとってはどうでもいい。

この話を聞いたときに、「そうそう、そうなんだよね」と思ったことがあるから。

このときまではっきりと認識はしてなかったけど、ぼんやりと考えていたことは、みんな仮面を付けて生活しているんじゃないかってコト。つまり、いろいろな顔を個人が持っているってこと。

少なくともボクに関しては、そうだと思う。自分自身、素の自分が出てくるときって少ないと思うし。ガキのように無邪気に下らないことに熱中している時か、彼女に会っている時…他にはあんまり思いつかないかも。

それ以外の時は、学校でのカタヤマムネチカ、家でのカタヤマムネチカ、スポーツしているときのカタヤマムネチカ、女の子としゃべっている時のカタヤマムネチカ…なんていう風に自分の仮面を意識的にか、無意識的にか、付け替えている気がする。

たぶん、無意識でやっているんだと思う。小さいころから、ある中での自分の役割というものをある程度自覚していた気がする。もちろん、それが本当に周りが期待しているものと同じかどうかっていう疑問はあるし、もっと根本的に、周りがボクがどう振る舞うか、期待していたかどうかも分からないけど。

でも、ボク自身の中にそういうものがあったのだと、いまになってみると思う。昨日書いたみたいなコトも、これに含まれるのかも。付けたい仮面に近づくために、努力するみたいな。どうなんだろう。はっきりと自分の頭の中でクリアにはなってないな。

時には、こうしていることに疲れるのかもしれない。いや、多分疲れたりするんだろう、無意識的にやっているとはいえ。だから、自分が限りなく素に近づけるような女の子と付き合いたいって思うのかもしれない。


I am favorably impressed…

April 16, 2000

やった!

Professorにpaperのdraftをe-mailで送って、見てもらったんだけど、言わせましたよ。I am favorably impressed…って。これを待ってたんだよね。このProfessorのクラスを先セメも取ってたんだけど、本当に色んなことを知ってて、次から次へと知識を繰り出してくるヒトで、本当にタメになったけど、きつかった授業。で、今セメはpaperが課題だったんだけど、このヒトを唸らせたい、っていうのがpaperを書いているときの原動力。

日本の大学の時は、ゼミの先生に「なかなかやるな」って思わせたいがために、頑張って論文を書いてたし、そういうモチベーションがボクには必要。結果として、どう評価されるかは別にしても、そういうモチベーション抜きでは、多くのエネルギーをそれにつぎ込むことが出来ない。自分が本当にスゴイと思うヒトじゃないと、むちゃむちゃやる気が出てこない。

本当にこのpaperが気掛かりだったから、finalの勉強もなかなか集中できなかったけど、朝このメールを見た後は、見事に集中できて、よくはかどった。もちろん、まだまだ改善しなければいけない点を指摘されたけど、とりあえず書いていた方向性は間違ってなかったから、あとは2連チャンのfinalが終わった後に手を付けることにしよう。

思い返してみれば、今までも評価されたいっていうモノがモチベーションになってきたのかもしれない。別に、それしかないからそれを頑張ることによってヒトに認められたいっていう、ある意味ネガティブなモノではないけど、やるんだったら「う〜ん」と唸らせたいっていうのは、重要だったんだと思う。逆にそう思える、考えることが出来たからこそ、大学院に進もうって言う気持ちになったのかもしれない。

今日もindoor soccerの試合があって、結局ほとんどメンバーが集まらなくて負けちゃったけど、個人的にはいい一日だった。(うちのチームは平均年齢が高いから、疲れた時に交代するやつがいないとかなり厳しい。しかも、今セメも終わりに近づいてきてみんな疲れもたまってきてるし、ケガ人も続出した)indoor soccerはまた来セメも出来そうだし、その時はちゃんと雪辱を果たしたい。


Out of Control

April 15, 2000

今日も眠れず。昨日早く寝るつもりが、結局3時まで起きてた。なんて、意志が弱いんだか。普通睡眠に関しての意志の弱さって、寝ちゃいけないときに寝てしまうことを一般に指すんだと思うんだけど、逆なのがまた痛い。

3時まで起きてたのに、何故か朝は7時前に目が覚めた。おかげで早くから勉強できるのはいいけど、絶対体がおかしくなること請け合い。

あとちょっとでfinalもぼちぼち始まるっていうのに。これじゃまたいつものパターンと一緒。テスト終わった瞬間に風邪をひく。

何年同じパターンを繰り返しているんだか。

最近はいまいち自分が何をしたいんだか分からない。日本に帰る日が後一ヶ月後ぐらいに近づいているから気がそぞろになっているのだろうか?

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最悪、最悪。

サングラスをなくしました。再びBuffaloも春らしくなってきて、太陽がサンサンと照るようになってきて、ご機嫌だったのに、サングラスを無くしました。別にサングラスぐらい、車が故障したり、部屋の鍵を無くしたりするコトに比べれば、また買えばいいのでどうってこと無いのに、凄くショックです。なんてったって、無く仕方がアホすぎる。別にどっかに置き忘れてきたわけでも、怖いお兄さんに持っていかれたわけでもなく、dormのエレベーターの中でちょっと振り回してただけ。

順調に回ってたのに、遠心力はどうやら偉大みたいです。飛んでいってしまいました。しかも、ドアが閉まりかかるときにフロアーとエレベーターの合間に。サングラスは暗黒の空間へと消えてしまったわけで、あとちょっドアが閉まるのが早ければとか、飛距離がもうちょっと長いか短いかしてくれれば、なんていう望みをあっさり打ち砕くかのように、スポッと溝に消えていきました。

ひさしぶりに愕然としました。あまりのショックに日本語も小学生の日記みたいです。


欲望の圧勝

April 14, 2000

あぁ、寝過ごしてしまった。かっちょわりぃ。

昨日あんなコト書いておいて、今日は寝坊で一つしかなかったクラスをskipしてしまった。しかも、そのクラスは朝にあったわけでも何でもなく、1:00pmスタート。それに寝坊するって言うのはどういうことだろう?

おかげで12時間近く寝れたのは良かったけど、最近疲れ気味っていうよりもたるみすぎ。

寝坊、雑談、時間の浪費。すべて今日の出来事。

まぁ、paperのdraftが完成したから良しとするか。

メール書きとかは明日に回して、今日は寝る。寝るったら寝る。


夜更かし

April 13, 2000

最近ホント十分に寝てない気がする。

2時とか3時に寝てるのに、いきなり朝の4時ぐらいに起きたりして、それから授業まで寝れなかったりとか。疲れはどんどん溜まっているみたいで、普通に起きるときLoudest Alermの謳い文句の目覚ましにも気づかないぐらい。こっちに来た当初は、一発で目覚めてたのに…

でも、少なくとも早く寝れない原因はわかってる。それは、勉強のせいじゃないことは確か。確かに、1時過ぎとかまで勉強してるけど、それだけじゃ2時、3時にはならない。

昔からの悪い癖で、寝ることをもったいないって思うのがその原因。なんか、自分が寝てる間に他で面白いことがあるんじゃないか?って言うのが、なかなかボクをベッドに向かわせない原因。実際、そんなことなんて起きないのも当然なんだけど、何だか気になっちゃうんだよなぁ。もちろん、勉強のあとに、自分の時間をとりたいって言うのもあるけど。

ここでの寝る前の1〜2時間なんて、たいしたことも産み出さないのに。よっぽど寝たほうがいいよ。これで、次の日の授業、最初ぼーっとしながら、機械的にノートを取ってるだけになったりするのは目に見えてるのに。

でも、やめられないな、この時間。そんな合理的に生きていけるかって言うの。欲望の方が、合理性を支配する理性より強いはず。だから、今日もボクは夜更かしをする。

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ちょっと遊んでみた。


PA決定

April 12, 2000

OfferされていたUMaineでのPAの仕事が決まった。

一時は、返事が遅かったために出来なくなりそうだったけど、なんとか出来るようになった。ふぅ。でも、ヒトと交渉するときに相手に不信感を抱かさないっていうのは基本中の基本だと思うけど、ボクは今回の交渉の途中でばっちり不信感を抱いてしまった。女の人だからとは思わないけど、むちゃむちゃ視野が狭くなっていて、自分のミスをどうやって隠す(?)か、どうやったら自分の仕事が上手く行くかしか考えてないように思えたのは気のせいじゃないはず。このことは今日でもう忘れるけど、少なくともボクはそういうふうな態度は取りたくない。

もちろん、何かをするときに色々と軋轢が生まれたり、何かを工作(?)しなければいけないこともあるけど、最低限相手に気付かれないように、そしてさりげなく。

何をしても、結果が良ければいいけど、相手と上手くやるもの結果のうち。これって日本的な考え方なのかな?でも長期的な目で見た人的資本のコトを考えたら、不必要な敵は作る必要はないはず。もちろん、敵を作らないのは「面白味」に欠けるかもしれないけど、いまはまだ打って出るときじゃない。着々と自分の基礎を築こう。


ゆきふたたび

April 11, 2000

昨日と打って変わって、今日はpaperのはかどりがいい。何でだろう?朝寝坊して、一番最初のクラスをskipしてしまったうえに、クラスが終わったあともずっと友達と喋ってたから、無意識のうちに危機感がつのったのかな?

それにしても、危機感がつのらないと能率が上がらないなんて、極めて人間ぽくってヤダなぁ。ボクはマッシーンの様に知識を吸収したいし、勉強をガシガシすすめたい。それに、経済学以外の知識も百科事典を食べるがごとく吸収したいのに。まぁ、それが出来ないあたりがボクがボクである所以かな。

それにしても、本当に言われた通り、4月でも雪が降ったし、しかもうっすらと積もってしまった。おそるべしBuffalo。

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嫉妬心の上に築かれた日本の税制。ふぅむ。


知っていることと知らないこと

April 10, 2000

前にも書いたと思うけど、人間って相対的な評価しか出来ないはず。

もし、A,B,Cについて知っていて、それぞれA>B,B>Cだってわかってたら、AとCの評価をするときには、A>Cって答えるんだと思う。これは、論理的に当たり前。でも、もしZっていう、全く知らないモノが存在して、それがZ>Aって評価されているのを知らなかったら、ボクはいつまでたってもAが(相対的に)一番いいものだって考えてしまうんだろうな。

でも、実際はZの方がいい。

それはZを知らなければわからないこと。当たり前なんだけど、自分がいま持っている世界では気付かないことなのかもしれない。しれないっていうか、気付かない。第一、Zが存在しているかどうかもわからない。

ボクがいまいるのは…A,B,Cの他にもあるんじゃないかって疑問に思っているところかな。でも、疑問には思っていても、Zがはっきりと存在しているって言う確証はない。もし、存在しないとしたら、驚異的な論理能力を持ってすれば、全てのことがわかってしまうのに。

もやもやしていて一番気持ち悪い。存在していることがわかっただけでも、相当うれしいことだと思うし、見つかったらなおさら。だから、ボクはとりあえずA,B,Cを埋めていくんだろう。

ボクは全てを知りたい。

それにしてもpaper煮詰まりすぎ。


表現することと感情

April 9, 2000

表現をする、特に文章で表現するって言うことについてふと思ってみた。

表現するっていうのは原則的に他人に伝えるためのモノであろう。もちろん自己満足的なものも当然存在するとは思うけど。自分の中にあるものを他人に伝えるために必要なモノは当然言語だけど、それよりかもっともっと根本的なモノは論理ではないだろうか。みんながみんな同じものを見たときに、同じものを感じるわけではない。だから、自分が感じたものを他人に伝える(=他人に感じ取らせる)に当たって、共通のルールが必要となる。万人を対象とするものでなければ、ある程度、限定された範囲内で通じる論理的なモノでもいいのかもしれない。

でも、ある種のルールにのっとることによって、そこに上手くフィットしないものが知らず知らずのうちに排除されているってことは無いんだろうか?感情という正反対の性格を持ったものを、論理という理性的なものによって表現するのは、限界があるような気がする。

もしかしたら、それは自分の感情を上手く表現するだけの体系を持っていないからそう感じるのかもしれない。


中途半端

April 8, 2000

今日の一日は全くもって最悪だった。

何が最悪って、良くもない悪くもない、中途半端っていうのが最悪。勉強も中途半端、かといって遊んだわけじゃないし、ダラダラ過ごしてただけ。食事も沢山食べたわけじゃないし、食べなかったわけでもない。パンをちょっとだけ。いろいろと考えることがあったけど、それはボク個人の内面的な問題で、形としてのoutputがほとんど出ていない。

本当なら、考えるだけでも良しとしても良さそうなもんだけど、なんだか目に見える形でのoutputが無いと満足できない。

今日の自分は自分でもよく理解出来ない。


人間関係

April 7, 2000

今日はここにいる日本人5人と一緒にご飯を食べに行った。

そこでいろいろ感じたこと。ここには学校の規模が大きいせいかむちゃむちゃ日本人がいっぱいいる。しかも、行動パターンというか、大体いるところが決まっているので、よく会ったりする。例えば、学校内のStarbucksに行けば、絶対誰かに会う。知り合いとは限らないけど、日本語が聞こえてきたりする、ある意味狭い世界。

前にも書いたけど、ホントみんなウワサ話が大好きだ。やっぱり共通の話題があんまりないせいか、誰それと誰それが…とか陰口とかのオンパレード。

ウワサ話とかを全面的に否定するつもりは無いけど、いろいろなバックグラウンドを持った人達がいるんだから、そういう話をしてもいいと思うんだけど。何故かそうはならない。

ある意味、濃いようでいて、希薄な人間関係。

一対一で話せば、違う人でも集団の中ではみんな違う顔を持っている。多分ボク自身もそうなんだろうけど。

でも、表面的でツルツルとした話よりも、もうちょっとディープな話もしてみたい。ツルツルした話は、みんなが参加しやすいし、会話の潤滑油としてはちょうどいいんだろうけど。ツルツルしているだけに何にも引っ掛からない。

だから、みんなで集団としてご飯食べに行ったりするよりも、やっぱり少数、もしくは一対一でみんなと付き合いたい。


Regret Theory

April 6, 2000

今日のMicroeconomicsの授業で出た話。

Regret Theoryなるものがある。普通経済学では、ある選択をすることによってどれだけのメリットが得られるか、二つの選択肢を天秤にかけてチョイスを決める、と(単純にいえば)考える。でも、このRegret Theoryではある選択をすることによって失う(手にすることが出来ない)モノも選択の際に考慮すると考えるわけ。

たとえば、$100手にするか$80を手に入れるかのギャンブル1と、$100か$50のギャンブル2を考える。ギャンブル1では$100手にすることによって$80手にするチャンスを失うから、ネットのゲインは$20。一方、ギャンブル2ではネットゲインは$50となる。すると、当たったときに得れる金額は$100で一緒なのに、ネットゲインの多いギャンブル2の方を人々が好むというもの。(かなり単純に書いたから意味はつうじているのかなぁ?)

で、この話から脱線して先生の友達の話になった。Ph.D.時代の友達がいまイギリスのベアリングス社のpresidentをやっているらしい。(ベアリングス社は一人の男が作った莫大な赤字で一瞬にして倒産してしまった会社。彼の友達はそれを買収したIMG(?)から派遣されているらしい)その人のボーナスは先生が10年かかって稼ぐ金額をも凌ぐらしい。つまり、Ph.D.を取った時点で二つの選択肢があって、もう一つの選択肢を選べないわけ。

先生はこの話しになると急に早口になって若干興奮している様子。みんなもこの話を聞いて笑ってたし、彼自身お金の差があったとしても自分自身の人生に満足しているって言ってたけど、妙にリアリティーがある話だった。

この話を聞くまでもなく、こっちに来てから勉強しだして常々思っていたこと。確かに、今友達みんなが働いている中で自分が勉強できる環境にいることに感謝しているし、満足しているけど、同時に失っているものもあるんだよね。もちろん、今の自分にとってベストな選択だと思うけど、先々はどうなるか分からない。自分がやりたいことのためにできる限りの努力をするけど、この先自分が気付いていない才能の限界というものにぶち当たるかもしれないし。

ボク自身、経済学を勉強していればそれで満足というわけではないから、なるべく後悔する部分(失う部分)を少なくしたいけど、果たしてボクにそれが出来るんだろうか?

それにしても、Regret Theoryに付随する先生の話は、ボクにこんなことを思い出させるくらいインパクとのある話だった。

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今日もindoor soccerの試合。
よくリーグ戦の仕組みが分かってないんだけど、先週やったところともう一回試合。これで勝ち残ったほうがplayoffに進めるのかな?
結果は…3-1でリベンジ成功って感じかな。

今回は、ホントにみんなよく動いてたと思うし、自分自身も何度かいいセーブをしたから、かなりみんな満足したと思う。クラスメイトの女の子が写真撮りに来てくれたり、みんなで雪辱を果たした喜びを分かち合えた。これで、来週はいよいよplayoff!


引越し準備&散髪

April 5, 2000

今日は来月から住む所を見に行ってきた。

で、depositを払って決定。これからの一年はなかなかいい生活環境が手に入りそう。でも、SocialSecurity#を持っていかなかったのは失敗だったね。あとbank statementも必要らしいし。しかも、引っ越したら引っ越したで学校や色々なところに住所が変わったことを伝えなければ行けない。あぁめんどくさい。

なんだか、生活がやっと落ち着いてきたと思ったら、また次のことをやらなければならない。イヤだけど、最初に来たころのアグレッシブさが徐々に薄くなっていることも事実。こういう適度な刺激があった方がいいのかも。

その後で、髪を久しぶりに切ったけど、その後図書館に行ったら、クラスメイト二人に「前の方がよかった」っていわれた。どういうこと?いつもとぜんぜん変わらないと思うんだけど。

どうやら短すぎるらしい。でも、短い方があんまり切りにいかなくて済むし、便利なんだけどな。髪を切るために払うお金は日本と比べると安いもんだから、どうでもいいけど、どっちかっていうと、切りに行く時間の方がもったいない。あと、切りに行く日はジェルで固められないし。

そうそう、アメリカに来て、10ヶ月近く経つけど、いまだにどういう風にして欲しいかを伝えるのは苦手。「刈り上げて…」なんてどういう風に言えばいいんだろう?辞書にも載ってないし。

来た当初懸案だった切ってくれた人へのチップはどうにかクリアしたけど、いまだに自分の髪型をうまくオーダーできないのはすごく痛い。

いっそのこと自分で切ろうかな?


慣れないこと

April 4, 2000

今日はなかなか思うようにコトが進まない。

プレゼンや当面のexamも終わったので、paperに取り掛かりだしたんだけど、下調べをしていた際に、勘違いしていたこととかがあったり、はっきりした証拠がなかなか見つからなかったりで、全然進まない。普段は、予習したり、宿題をこなしたりである意味、ルーティーンワーク的な要素が強いけど、自分で何かを書くっていうどちらかというと、クリエイティブ的な要素が強いモノはなかなか進まない。っていうのも普段からそういう頭の使い方に慣れてないから。元々、そう言うのを書くのは好きだけど、こうも毎日あんまり考えない生活を送っていると、なかなか頭が切り替わらない。

web diaryを書き始めたきっかけも、このままじゃよくないと思ったから。web diaryを書き始めれば、ちょっとは「考える」ってことをするかなって思ったんだけど、どっちかっていうと気分転換の要素の方が強いかも。

それにしても最初に考えていたことは全く使い物にならなそうだ。

いつも同じパターンな気がするけど、どうも最初に「凄いものを書いてやる」みたいな気負いが多すぎて、具体的に調べ始めないうちから頭の中でいろいろと話を進めちゃうから、実際に書き始めたときに困るんだろうなぁ。ひとえに、まだまだ知識不足なんだろう。でも、こういうコトって小学生のころからやっている気がする。図工の時間とかでも、絵を描くときに、何だかとてつもなく凄いものを書こうとして、いいネタが思いつかないうちに、締め切りが近くなって適当に書いて出しちゃうパターン。

最初から120点満点を狙ってるから悪いんだよなぁ。80点や90点をねらいに行って、手堅く90点を取りたいもんだ。でも、それって将来的にどうなんだろう?やっぱり最初から、120点とはいわずに、100点を狙いに行くべきなんだろうか?

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雪が降り出したよ…
4月だっていうのにさ。
二週間ぐらい前かな?半袖でも全然OKだったのはどこへ?


全体とパーツ

April 3, 2000

今日は前のパートナーのプレゼンの準備にちょこっと付き合った。

でも、最初の話ではプレゼンの練習をしたいから、付き合って欲しいってコトだったのに、実際は質問のオンパレード。それって全然話がちがくないか?いくら何でもpracticeとquestionの違いぐらい分かるっちゅうねん。彼女がプレゼンターのはずなのに、何も分かってない。分かっているつもりで全然違うふうに解釈してたりしてね。

で、彼女のpaperの内容を説明してて思ったこと。

はっきり言って今授業で読まなければいけないpaperは理解するのには知識が足りなかったりする。書いている人達は知っていることを前提に書いていたりするから、教科書の様に必要なコトが全て書いてあるわけじゃないし、自分が慣れているnotationと違ったりもして、色んな意味で難しい。でも、思うのは、全体として書いたヒトがどういう意図を持っているかを理解することが一番大切だということ。そういう風なpaperを読むときに、どうしても個々の細かいところを理解するのに、エネルギーを使いがちだけど、むちゃむちゃ細かいtechnicalな部分は、今は無視してもいいはず。そうじゃないとたとえ、それぞれのpaperを構成するパーツを理解したとしても、全体としてよく分からないってコトは起こりがちだと思う。

それぞれのパーツを理解しながら、それがpaper全体としてどういう働きをするのか、それぞれのパーツと全体とを行ったり来たりしながら読むべきだと思う。

それは経済学の知識のバックグラウンドとは全く関係ないし、もし知らなかったとしても、必要ならば調べればいいだけのこと。でも当分、もしくは永遠に知らなくてもよさそうなことは無視するに限る。いつもよく書かれたpaperばっかりを読む訳じゃないんだから。

彼女は質問のオンパレードが終わったあと、やらなければいけないことが一杯で泣きそうになってたけど、でもそれは自分自身の責任だと思う。このpaperに限らず、ボクはずいぶんと彼女を助けてきたはず。プレゼンのパートナーのよしみで。でも、いつも思うのは彼女の態度の甘さかな。
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小渕さんの入院騒ぎで虚偽の報告がなんたらで青木官房長官や秘書のヒトがつるし上げられているみたいだけど、22時間の空白なんてそんなに大騒ぎすることなのかな?有珠山の噴火騒ぎが拍車をかけているのは間違いないとは思うけど、もし自分が同じ立場に置かれたら、彼らがとったような行動をとるような気がする。コトを荒立てる必要は無いと思うし。でも、皮肉なことに、今回のことで首相としての小渕さんの重要性を認めることにつながるような気がする。冷めたピザだなんだかんだ言われてても、今回のことでマスコミが大騒ぎするってことで。なんだか、すごく表面的なところばっかりを追っているような気がする。情報公開の義務を怠ったとかいう大義名分を振りかざしてね。

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こっちに来てから、小銭を使うのが面倒くさいので、ずっと貯めてきたんだけど、今日数えてみたら$97とちょっと。あとちょっとで$100だ。何に使おうかなぁ。


Summer Time

April 2, 2000

気付いたら、Summer timeが始まっていた。

いつもの様にwebを回っていた時にmacの時計を見たら、もう夜中の3時。あれ?2時のはずだったのに、と思いつつ今日友達に言われたことを思い出した。

苦痛なSummer timeの始まり。

Summer timeが終わるときには、一時間寝坊が出来るから、あんなにうれしいことは無いけど、始まるときはいつもよりも早く起きなければならない。誰がこんなコトを考え出したんだか。

ほぼ日刊イトイ新聞で糸井重里と堺屋太一の対談が掲載されている。インターネット博覧会(インパク)についてなんだけど、堺屋太一のいう「放課後のエネルギー」っていう表現はすごくよく分かる気がする。そういうエネルギーがこれからの変化の要因になりうるっていうのはよく分かるけど、糸井重里が言っているように「あの舞台で踊ってみたい」と思わせるような生産的なインセンティブが提供できれば、なんだか大きなうねりを形成しそうな気もするけど、もしそういうインセンティブを提供できなかったら、タダのオタク集団が生み出されるだけで、逆に生産性を妨げるような気がする。だって、会社にいる間にweb日記の更新を一日に何度もやっているヒトなんて腐るほどいるくらいだから。

今日も図書館で資料読み。天気はどよっと濁っているし、雨まで降ってきた。やる気減少中。

そういえば、日本から送ってもらった臨時増刊エコノミスト、結構面白い。いい息抜きになるかも。まぁ、最近はだんだんと英文を読むことが苦痛じゃなくなってきたから、日本語を読みたいとは思わないけど、日本のことはやっぱり気になる。

今週はたいして何もないから、どうも勉強に対するモティベーションが低い。確かに、いつまでに何かをやらなければならないって言うのはないけど、当然finalも近づいてくるわけだし、いろいろとやっておいた方がよいことはあるのにね。

今お腹が一杯っていうのもあるかな。

でも、プレゼンの時のパートナーがほかの授業でプレゼンするから、どんなもんか見てほしいっていわれたから、ざっと流して「あぁ〜、つまんねぇpaper」って読み飛ばしちゃった奴をもう一回しっかり読み直さなければ。


さくら

April 1, 2000

どうやら東京では桜が咲き始めているらしい。

日本にいるときは街中に当たり前のように桜が咲き乱れ、自然と春を感じることができたけど、こっちにはそういうようなものはないなぁ。少なくともうちの学校には。

空がだんだんと澄み渡るようになり、澱んだ冬の空に別れを告げ、みんなも外でスポーツをするようになって、ほんの少し春の訪れを感じることはあるけど、依然としてボクの生活は変わることがない。

日本は4月が年度始めで桜とともに新たな気分になるけど、こっちは後1ヶ月ちょっとでfinalを迎えるから、段々と忙しさは増し、気分も疲れ気味になる。

今年ほど桜を見たいと思ったことはなかった、今までの人生のうちで。

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今日の深夜、親父と電話で話をした。

相変わらずの勢いがあった。

ボクも頑張ろう。