不安

September 25, 2000

Ph.D.にapplyするにあたって、不安な気持ちに襲われているのは、ボクだけではないことが良く分かった。

ルームメイトも、いつもはボク以上に(?)自信ありげだけど、やっぱり不安なところは隠せないみたいだ。

ちょっと安心する。

逆に考えれば、アメリカ全土、さらに世界中から競争相手が集まってくるところで競争しなければいけないわけである。不安にならない方がおかしい。ボクらはまだ若いし、いくらでも選択肢が残されている。だから、ゆったりとした気持ちで余裕を持つようにしたい。

とはいっても、切羽詰まった人の方がやはり強いのは否めない。

どうやって、自分を壊れないようにそこまで持っていくかがキーポイントなのかもしれない。

不安はネガティブに働くことはあっても、メンタル的に何かを生みだすことはない。どんな歴史に名を残した偉人でも不安を感じなかったヒトはいなかったはずである。だから、その不安をいかに取り除いて、自分のベストを出せるかがカギなのかもしれない。


オリンピック

September 24, 2000

こっちではなかなかオリンピックがいい感じに放送されない。

とはいっても、こっちがあまり頻繁にTVを見ていないからかもしれないけど、印象としてはボートだとか水泳だとか、そんなんばっか。しかも、アメリカ人が登場して、更に強いやつ。

サッカーなんて、確か放送予定に入ってなかった気もするし。一応、夕方のnewsでは触れられていたけど、スゴク簡単なもの。

だいぶ形骸化しているものの「参加することに意義がある」とうたうようなオリンピックをそういう風に偏って放送するのはどうかと思う。自分の国以外にも目を向ける良いチャンスだと思うのに。そういえば、現地のオールトラリアでも、同じような状況で乗馬とか地味ーなものしか放送されてないとか。

でも、女子のマラソンは何故か結構放送されていた。最初から見ていたわけではないけど、最後に高橋が競技場に入ってきたときには、何故か訳もわからなく感動してしまった。今まで、マラソンを観ていて、そんな風になったことはなかったのに。

なんだか、彼女はとっても楽しそうに走っていたように感じられたことは確かだった。日本で見ていたら、アナウンサーや解説者のいらない戯れ言がついてくるけど、こっちのアナウンサーなんて日本人に対して興味を持っているわけではないから、練習秘話的なモノも出てこなかった。にも関わらずである。

ステレオタイプかもしれないが、練習はきつかっただろう。でも、きつかったであろう練習の結果をああいう風に楽しめるというのはスゴクうらやましいコトである。


夜更かし

September 23, 2000

今日は夜更かしをした。

とはいっても、いつものように勉強が終わらなくて、とかそういった種類のものではない。

普段は早く寝てしまうルームメイトが起きていたので、二人で色々なコトを話した。

話は、その日のことやら学校のこと、経済学のこと、はたまた歴史のこと、そしてもちろん下らないことへと及ぶ。

誰かとそういう風に他愛もない話や真面目な話をすることは楽しい。何故なら、皆異なるバックグラウンドや知識を持っているからである。

彼はボクと同い年ながら、全くと言っていい程違ったバックグラウンドを持っている。確かに、同じ経済学を専攻しているけれども、彼は純粋にこっちで経済学の教育を受けてきているので、知っていることも違ったりする。その前に、日本語の小難しい専門用語で話すと(ボクはまだこっちの方が慣れている)、理解してくれないこともある。

彼の影響で司馬遼太郎に最近はまっている。

勉強しなければ…と思いながらも、司馬遼太郎が描く世界からなかなか抜け出すことが出来ない。

そして、今日もルームメイトと話をした後、更に司馬遼太郎を読んでから寝た。


認知

September 22, 2000

今日TOEFLのlisteningのCDを聞いていると、lecture typeの問題文で記憶について解説しているものがあった。

ヒトの記憶する機能は大きく分けて、3つに分類されるらしい。正確にどういう風に言っていたかまでは覚えていないけど、work spaceとなるtemporaryな部分と、short termなモノ、そしてlong termな部分。そのlectureのメインとなるトピックは、この3つの部分がどのように連携して、ヒトが記憶するかというコトについてであった。

ボクとしてはそんなコトはどうでも良かった。一番興味を引いたのは、どうやれば効果的に物事を記憶できるかというくだりである。何かを記憶する際に、なにか他のものと結びつけて覚えるのがいいと、そのCDの中の先生は言っていた。例えば、リリーという女の子の名前を覚えるときに、彼女の名前とユリ(lily)を結びつけて覚えるという風に。

何故、そんなコトにボクは興味を持ったか。

実は、ボクには弱点がある。右と左の区別がつきにくいのである。ちゃんと右と左というものは分かっている。けど、時たま間違える。自分の中では右の方に行こうとしているのに、なぜか「あっ、そこ左ね」とか言ってみたり。ビジュアル的には間違いなく捉えているのである。

でも、何故か日本語では上手くいかない。何故か、日本語に限るのである。別に、そんなに何カ国語も分かるわけじゃないけど、英語でrightとleftと言われたら、きちんと正しい行動を取ることが出来る。

そこで、ひそかにボクはその原因を考えていたことがある。そこで辿り着いた結論というのは、ボクは日本語において「みぎ」と「ひだり」というモノを、「右」「左」という漢字のビジュアルで認識しているのではないだろうかと言うコトである。他のヒトにとってはバカげた話かもしれないけど、ボクにとっては、二つの「右」と「左」は少しばかり混乱させるモノである。分かっているんだけど、咄嗟の時には間違えることがある。ボクの中では極めて似た漢字なのである。

その証拠に、教習所で教官に「はい、つぎ左折して」と言われたときに、平然と右折レーンに入っていったことがあった。つまり、指示を聞いた瞬間に「させつ」を「左折」と認識したのである。そして、いつも通り、「左」を「右」と勘違いし、「みぎ」の方に動いてしまったのである。

と、長々と書いてきたけれども、今日のTOEFLのCDを聞いていて、自分が考えていたことは正しかったのではないだろうかという確信を抱いた。つまり、ボクは「みぎ」と「ひだり」という概念を理解したときには、「お箸を持つほう」とか「お茶わんを持つほう」というような記憶の仕方をしないで、漢字のビジュアルに連動させて記憶してしまったというわけである。

「右」と「左」が紛らわしいと思っているのはボクだけなのだろうか?


数学

September 21, 2000

今セメのスケジュールでは、火曜から木曜日まで毎日数学がある。しかも、火曜と木曜日は数学2コマずつしかない。

当然、宿題も出るから、何だかんだで数学に割いている時間はスゴク多いことになる。

そして、今週もやっとその道のりを乗り越えた。本当に予習が追いつかないと、あっという間に授業中に意識がどこかに飛んでしまうような事態に陥る。

今日も、11時近くまで寝ていたというのに、眠気と思いの外のペースの速さで、意識が飛んでしまいそうになった。当然ノートは汚いし、はっきり言って全然分かってなかった気がする。

とりあえず、帰ってきてから、復習をしつつ宿題に取りかかる。ひたすら考えれば、解けるのでかなり没頭して解いていたら、もう夜の1時を回ってしまった。

確かに、最近では経済学において数学は必須だし、かつ自分が今まで避けてきた分野だけにちゃんと勉強したいという思いはあるけれども、こうも忙しいと他の勉強に手を付けることが出来ない。

とりあえず、これからTOEFLの勉強をして寝ることにする。


ちょっとしたうれしいコト

September 20, 2000

今日、今セメ取っているmathのクラスのrecitationで、ちょっとうれしいコトがあった。

ずいぶん前に出た宿題のことだけれども、ウチのMAの生徒とどちらがあっているかで議論した問題があった。結局、どちらがあっているという確証もないままだったけれども、今日math majorの生徒が解いた方法を見て、自分の答えが合っていたことを確信した。

ある人はスランプの時は、他人の存在が大きく見えると言っていたけれども、ちょっと前までのボクの状況はそんな感じ。でも、今日の出来事のおかげで、ちょっとばかり、自分も相対的に大きくなった気がした。


September 19, 2000

ほとんどず〜っと数学の宿題を考えていた…

それにしてもほとんど進展無し。

自分がムチャクチャ馬鹿なのではないかと思うくらい分からない。


盲点

September 18, 2000

今までは自分が素になれるような相手を探していた。

でも、当たり前のことだけれども、相手も自分に対して素になれるって感じられないとダメなんだ。でもどうやって?


一週間の始まり

September 17, 2000

何だか、もう週末が終わってしまった。

それにしても、一週間の始まりを迎えるに当たって、なんて気持ち悪い終わり方なんだろう。

というのも、今日は出された宿題をやろうと随分苦心したんだけれども、結局、ほとんど何も前進することなく終わってしまったからである。普通の宿題ならば、ちゃちゃっと出された日にでも終わらせてしまうのだが、この宿題はちょっと変わっているので、そういう訳にはいかないのだ。

Ph.D.にapplyするにあたってRecommendationを3通出さなければいけない。しかも、誰だか分からないようなヒトに書いてもらうのではなくて、やはりその筋では有名な人に書いてもらうほうが良いのは当たり前である。というわけで、ボクは書いてもらう候補として、一人の先生に目星をつけたわけである。その先生は、ボクが今とっているUrban Economicsという授業を受け持っている。それ程メジャーではないUrban Economicsの分野では、かなり有名な人だとのことである。

ただ、ちょっと前に気付いたのは、このクラスはFinal examしかないわけで、Recommendationを書いてもらうときには、まだ終わっていないのである。どうやって、ちゃんとしたRecommendationを書いてもらうか考えた結果辿り着いたのが、計6回ある宿題を、彼が認めてくれるようなレベルまで調べ、つまりRecommendationに良いことを書いてくれるようなレベルまで持っていき、Office hourにもちょくちょく顔を出し、きちんとしたものを書いてもらおうという計画である。

計6回の宿題は、教科書の章末問題から自分で一つをピックアップして、それを解き、提出するというものである。Gradingは問題の難易度にも関係するらしい。しかも、自分で問題を難しくするために、問題を変えてもいいというのだ。

ボクの悪い癖として、どうしてもそういうコトに対して気負ってしまうというのがある。なるべくそう言うのを避けようと思うのだが、かといって一番簡単な問題をサクッと解いて終わりにする訳にもいかない。適当に難しそうな問題を選んで解き始めたのだが、どうにも自分の答えをクリアにすることが出来ない。答えはどちらとも取れるようなものだし、両方の理由を考えることが出来る。

そうやって、八方塞がりになってしまったので、今日は諦めて、コレを書いて、寝ることにした。

なんだか、自分的にはすっきりしない一週間の始まりである。

どういうような一週間の始まりが理想なんだろうか?


Soccer

September 16, 2000

今のボクには、何らかのrefleshというか、何か切り替えるものが必要だと勝手に考えて、今セメもあるIndoor soccerの練習に行ってきた。

その前にTOEFLの模擬試験をもう一回やってから。今回は満足できるものとは程遠いけど、そこそこ我慢すれば納得可能な点数。それにしても、いやいややっているからか、Listeningの時の集中力のなさは著しい。他のセクションにしても、早く終わらせようと思うからか、熟慮もクソもあったものではない。時間は余りまくるし、どういうコトなんだろう。

South campusのグラウンドに集合。予報では曇りだということだったけど、練習をする予定の時間には肌寒いもののスキッと晴れた空がのぞいていた。そして、たまたまそこにいた他の奴等とゲームをすることに。

先セメは何故かキーパーをやってたけど、今セメはやらなくても良さそうな気もする。というコトで、今回はフィールダーとしてデビュー。

でも、一瞬にして後悔する。UMaineにいる間に結構無理やり体を動かしたから、随分体力的には回復したと思っていたけれども、そんなの真っ赤なウソ、ウソ。やっぱり、一ヶ月以上体を動かさなかったし、黙々と勉強、というかモクモク煙草を吸っていたので、あっという間に元のレベルに戻っていた。(あ〜、なんて下らない親父ギャグだ…戒めの為に残しておこう)

個人的な実感として、汗をかけば随分と楽になると思うんだけど、あいにく肌寒かったので、全然汗なんか出てこない。しんどい時間が本当に続いた。

今回のチームは前のメンバーの半分ぐらいが卒業したりしてしまって、ガラリと顔触れが変わってしまった。しかも、一年目の奴とかが多くて意志の疎通も一苦労。(とは言っても、ヒトのことは言えないんだけど)

苦しみながらプレーするものの、夏にやってたおかげか、そこそこのコトは出来た。それにしても、相手はみんなスパイクを履いていたりする。それで、ボールを競りあって当たったりするものだから、随分と削られる。ボクは両方の足首を捻挫したことがあるので、弱くなっているんだけど容赦なくそこに当たってくる。今は何だか捻挫したような痛みが左足首に残っている。


TOEFL

September 15, 2000

今月末にTOEFLを受けるので、準備の為にpractice testを本番と同じようにやってみた。

結論から言えば、はっきり言って舐めすぎてた気がする。もちろん納得するような理由は多々あるんだけど、それは他人にとっては結局は言い訳に聞こえてしまうものだろう。

本質的なところを見れば、繰り返すけれども、TOEFLというものを舐めていたからにすぎない。1年いればTOEFLの点数、特にListening sectionなんか簡単に上がるよと、多くの友達は言うし、実際ボクもそう思っていた。でも、それは普通の人のケースだろう。ボクは元々英語が全く出来なかった部類に属すると思う。他人がボクの英語をどう見るかは別にしても、自分ではそう思うし、おなじMAに所属する学生と比較しても、出来ないことは間違いない。

にも関わらず、しかもTOEFLは次へのステップで一番重要なモノなのに、真剣な態度で望んでいたとは考えがたい。

言い訳になるのを承知で書けば、前の日にほとんど寝てなくて、やっていたときに極度にお腹が減っていたというのは事実なんだけど、少なくとも、真剣にやろうとするならば、睡眠をたっぷりとって、万全の大勢で自分の実力を確かめようという態度があっても良かったんではないかなと思う。

しかし、いつまでも終わったことでクヨクヨするわけには行かない。今回やったことで、自分のTOEFLに対する態度を改めることが出来ただろうし、それが本番に臨むにあたって役立てば、それはそれでいいこと。

明日もう一回やってみよう。


根拠のない自信

September 14, 2000

今まで、程度の差こそあれ、ある程度根拠のない自信を持ち続けて生きてきたつもりだった。生きてきたなんていうと、何だかスゴイおおごとの様だけど、日々の生活の中で何かしらそれが自分を支えていたことは確かだった。

でも、最近それに変化が起きているような気がしてならない。「根拠のない自信」は「根拠のない自信のなさ」に変わってしまったようだ。それも程度問題で、全く自信を喪失してしまったわけではない。ただ、何か自分を支えるモノが弱くなってしまったと感じることは確かだ。

世間一般ではそれを「不安」というのかもしれない。

でも、「不安を抱く」というのとはまたちょっと違った次元の話のような気が、個人的にはする。「根拠のない自信」を他人に対して示す必要は全くないし、どちらかといえばそんなコトは鼻摘みモノのすることである。もちろん、ボクも根拠のない自信を前面に押し出してきたつもりはない。もちろん、本人としてはそのつもりでも周りからみれば、前面に押し出しているように見えたかもしれないという可能性は否定できないが…

「根拠のない自信」は、前にも書いたかもしれないけれども、日々の生活に対してポジティブにさせる力を持っているような気がする。しかしながら、「根拠のない自信のなさ」は全く逆の方向に作用する。

客観的になって振り返ってみれば、Ph.D.にapplyするということが個人的にかなり影響しているような気がする。もちろん、自分がそこまで英語が出来ないということを知っているから、TOEFLの点数ではねられるかもしれないという不安だったり、ウチのMAに在籍していてLaw schoolもすでに卒業している女の子がGREで2338点(満点は2400点)を取ったなんていう噂にも振り回されている。

自分ではそこまで出来ない、という今までにほとんど抱いたことのない感情がボクの精神的な部分を大きく揺さぶっている気がする。

TOEFLやGREもまだ受けたわけではないし、はたまたnative languageが英語な訳でもない。だから、native speakerと全く同じ条件で戦って、同じ結果が出せるわけではないけれども、タダ単純に比較して、しかも本質的なところ以外の部分で比較して勝手に自分を自分で不安な状態におとしめている。

こういう風に自分を客観的に書けるだけでもまだましなのかもしれないけど、出来るならば以前のように「根拠のない自信」を持ち続けたいものである。

「根拠のない自信」は自分が努力することによって、徐々に「根拠のある自信」に変わっていく。実際、そういう風に歩いてきたはずだ。この一年間だって、それを裏付けるような結果を獲得してきたと思う。

取りあえず自分を信じようと思う。


出来ない

September 13, 2000

今日は取っている数学のクラスのrecitationがあった。

ココでは宿題の答え合わせを何コかピックアップして行うものだ。

しかしながら、「結構簡単じゃん」なんて思いながら解いた問題は全て違っていた。

う〜む。

何かしらツメが甘い部分が多々あった。はたまた全く違う方向を向いているものもあった。取り扱っている題材的にはundergradのCalculusで扱うようなモノだけれども、大きく違うのは、undergradのCalculusはタダ問題を解けば良いだけだが、このクラスではundergradの時に当たり前のものとして、問題を解くときに使っていた公式なり定理なりを証明していく訳である。

registrationする前にAmazon.comで教科書を取り寄せて、ざっと眺めたら取り立てて難しそうなことは載っていなそうだったので、registrationしたわけだが、やっぱり大間違いだったみたいだ。

なめた態度で臨まないで、かなり真剣にいかないと、本当に足下をすくわれることになりかねないとつくづく思った。


徐々に加速

September 12, 2000

昨日、MITのapplication formを目の当たりにして、徐々にエンジンがかかってきた感じ。

applyすることを考えると、モタモタしていられない。GPAをこのままキープする為に、学校の勉強に力を注ぐことも確かに必要だけど、TOEFLやGREの勉強なんかも欠かすことが出来ない。それらを効率良く組み合わせていかなければいけない。

でもやらなければ道は開けない。

何だか、頭ではなく、体でそのことに気付いてきたみたいだ。

この調子で加速度的に効率を上げていけたらと思う。


怖じ気づく

September 11, 2000

今日ルームメイトが余分に持っていたMITのPh.D. programへのapplication packageを貰った。

というわけで、二人で一緒に中身を吟味したりした。

ボクらにとっての懸念は、入学することが出来たにしろ、2年後なりに受けるテストではじき出されないかというコトである。もちろん最大限の努力をするのは当たり前だとしても、極めて合格率の低いところ(例えばウチの学校のPh.D.は何と10%ほどらしい)に行くと、それだけはじき出される可能性は高まるわけだし、なによりもクラスメイト同士で殺伐とした雰囲気になりそうだ。パンフレットにはそんなに厳しくないのではないかと思わせるような数字が載っていてちょっと安心したり。

それから、もちろん気になるのがTuition。はっきり言って、Top20なりに入ってくる学校はprivate schoolが多いし、publicだったとしてもそこまで安いわけではない。というわけで、TAなりRAなりをやってお金を貰いながら、勉強を続けなければいけないわけだけれども、ふと気付いたことがある。

もちろん、英語の問題があるからTAをやることは望まないだろうけど、MITの学生相手に教えるコトなんて、なんて恐ろしいことなんだろうかと思ってしまった。undergradとはいえ、当然優秀な学生が揃っているはずだから、汗がタラタラ落ちてきてしまうような鋭い質問を浴びることになるのではないだろうかと思ったわけである。applyするつもりもないし、MITの学生がムチャムチャ鋭い質問をするかどうかも分からないけど。

でも、ふと思ったことがある。

アメリカに来る前は、自分がアメリカの大学院にacceptされると思わなかったし、上手くやっていけるとも思っていなかった。現実を知らずに、タダ単に幻想ともいえるものに勝手に脅えて。でも、ちゃんとacceptされたし、しかも、少なくとも今のところは、その中でも上手くやっていけている。というコトは、ボクの能力が思いがけず高かったのか、それとも幻想に勝手に脅かされていただけなのか。90%の確率で後者なのは間違いないけど。

だからというわけではないけど、とりあえず何でもチャレンジしてみようという気持ちにはなった。パンフレットを読んでいたときは、何故か、Ph.D.への壁がムチャクチャ高いように感じられてちょっと怖じ気づいたけど。


記すこと

September 10, 2000

ふと今まで書いてきたものをザッと目を通してみる気になった。

もちろん全てを丹念に読んだわけではないけれども、全く自分が覚えていないことなどが多くてビックリした。これを書き始めたのは、その時期多少暇だったこともあるが、何かしら毎日書こうとすることで、何かうまれるモノがあるのではないかと思ったからである。と、カッコつけて書いてみれば動機はそんなところである。

忙しいときには、無理だけれども、ココに何かを書くということは、大勢の人が読んでいないにせよ、自分の頭の中を整理して考える良いチャンスであることは間違いない。

考えると言っても、何時間もウンウン唸っているわけではなく、どちらかといえば瞬間的なものなのだけれども。

今まではその瞬間的に考えてoutputを出すという行為だけに焦点があったけれども、読み返してみることによって色々なコトに気がついた。

初めてほぼ毎日何かを書くということを始めたけれども、ボク自身の瞬間瞬間のoutputが蓄積されていくというのは何だか興味深いことだ。


反動

September 9, 2000

昨日の反動からか、今日はそこまで勉強しなければいけないという気持ちが起きない。

なかなか人間って言うのは難しいものだ。タダ単にボクが怠けているとも言えるが。

今日は車検を取りに行って、帽子を買いに行くコトを計画。しかしながら、結論から言えば、何一つ成し遂げられなかった。昨日、電話したかぎりでは予約なんかいらないし、1時間で終わると言っていたのに、今日は混み混み。まぁ、土曜日だからしょうがないっていうのはあるけど。というわけで、今度にすることにして、帽子を探しに行く。近くでは一番大きいモールに行ってみるものの、なかなかしっくり来るものがない。

季節が中途半端だっていうのもあるけど、イロイロ見てもダメ。帽子を探しに行ったのは、UMaineにいるときにノリで坊主にした頭をそろそろ伸ばそうかななんて思い出したから。確かに楽で良いんだけど、どうにも髪があってちょっといじくっているヒトを見るとうらやましくなってしまう。

まぁ、帽子が見つかったら伸ばし始めることに決定。

そこで、今年UMaineのプログラムに参加していて、隣のカニシャスに行った奴と偶然会う。イロイロ買いたいものがあるというので、色々連れていく。

途中から何故だか頭痛がしてくる。家に帰ってきて小腹が減ったので、この間友達が持ってきてくれたドーナツを食べる。したら、胃がもたれる。

頭痛と胃もたれのダブルパンチで勉強を始めるのが遅くなる。結局、10時過ぎから始める。それでも、今まで4時間近く出来たから良しとするか。


一転

September 8, 2000

今日は昨日の反省を踏まえて、というか、勉強しなければいけないコトは変わらないので、クラスの合間もクラス後も図書館に篭って勉強。

結局、クラスが終わって大体7時間ぐらい図書館にいたことになる。もちろん、ずっと7時間近く勉強し続けてたわけではないけど、タバコを吸ったりしながらも結構頑張ったと自分でも思う。

しかし、今日は金曜日。誰もそんなに残って勉強しているわけではない。というか、ほとんどいない。寂しい思いをしながらも、ここでやらなかったら本当にダメ人間だと言い聞かせて頑張る。

こんなに集中して勉強したのはひさしぶりかもしれない。夏休み中にそんなコトがあったわけではないから、5月のfinal examの頃以来だろう。

こういう風に、体を無理やり勉強モードに引き戻していくことは重要かもしれない。

去年の今頃は、不安だったから勝手に自分が勉強モードだったけど。


だらだらと

September 7, 2000

一日がダラダラと過ぎてゆく。

クラスは午後から。朝ゆっくり起きて、何をする訳でもなく、ぼ〜っと朝飯のシリアルを食べ学校に行く。

最初の授業を受け、昼飯を食べ、次のクラスに行くものの時間を間違えて、30分早く行ってしまったり…

家に帰って来て、少しエンジンがかかったみたいで、キッチンの床を掃除したり、今日出された宿題をとっと片づけたり。

そうこうしている間に、ルームメイトが友達と一緒に帰宅。一緒に夕飯を作って食べる。

その後ダラダラとしゃべる。

夜も遅くなってきたところで、再び勉強を再開。

それにしても、読んでいた教科書があまり面白くなく、調子はすこぶる悪い。

「勉強しなければ」という思いからなんとか3時まで机に向かってみたものの、internetからsoftを遅い電話回線でダウンロードしながらだったりするので、極めて能率は悪い。

ルームメイトのせいでもなく、遊びに来た友達のせいでもないけど、やっぱり自分一人で生活するのとは訳が違うかもしれない。結局は自分自身でコントロールしなければいけないんだけど、これまた難しかったりする。

dormを出て、生活の潤い的な部分で変化があったけど、それは同時に誘惑、もしくは勉強の妨げという面でも変化をもたらした。これから一年は自分をますます上手くコントロールしていかなければいけないコトを実感。


大阪

September 6, 2000

ルームメイトが持っていた司馬遼太郎の本を読んでいて、クスッとする場面に出くわした。

彼曰く、大阪の人間は戦争に行くと弱いと言われているらしい。明治維新の多くの戦争でも政府側として多くの大阪の人間が徴兵され、その多くの戦いで負けたりしている。日露戦争でも、日清戦争でも同じコトが言えるらしい。

翻って、東北や越後の部隊は勇猛果敢で、強かったらしい。その違いがどこから生まれてくるかというと、命令を順守するかしないかの違いである。

大阪出身の兵隊は、どうも舐めている部分があり、上からの命令だったとしても、自分が不利だと思えばさっさと退却してしまうらしい。死守しなければいけないという気持ちが薄いわけである。当然、命をかけて戦う兵士とそうでない兵士ではその結果が大きく違ってきてしまう。

何だか、大阪出身の司馬遼太郎が言うから良いのであって、東京出身のボクなんかがこういうことを書いていると何かと文句を言われそうなものである。

話は脱線するが、ヤクザのケンカで、ピストルを持ったヤクザと日本刀一本のヤクザではどちらが勝つのであろうか?安部譲二は、日本刀のヤクザだと述べていた。日本刀を持ったヤクザは勝ち目がないと悟っているから、本当に死ぬ気で突っ込んでくるらしい。一方ピストルを持ったヤクザはその気合いに押されて、引き金を引くことが出来ないらしいのだ。

話を元に戻せば、大阪の兵士と、特に東北や越後出身の兵士の間の違いは結局のところ、歴史的な背景に依存するらしい。大阪は歴史的に封建制度の影響をほとんど受けずに多くの時代を過ごしてきた。一方、その他の地域は将軍家やそれぞれの領主の元、極めて厳しい封建的な支配を受けてきたわけである。

当然、封建支配には悪い面もあるが、武士が持っていたような封建的な節度や美意識というものも存在していた。昨今、そのような影響が徐々に薄れてきていることは事実である。しかし、その地域的な、相対的な差というのはいまだ存在するのかもしれないと、ふと思った。


料理

September 5, 2000

dormを出て暮らすようになってから、だんだんと自分で料理を作る機会が増えてきた。

roommateと一緒に暮らしているので、毎食自分で作って食べるというわけではないし、どちらかといえば、彼に食べさせてもらっている感もある。

それでも、毎回食べさせてもらうのは、なんだか、ヒモのような後ろめたさを伴う。たとえ、作ってもらったときの後片づけはボクがするとしても。というわけで、作ったりするわけだが、どうもボクが作ると、量が多くなってしまう気がする。

量が少なかったら、出来上がったときにガッカリする、と思うからなのか、下ごしらえをしている段階で、roommateには「ちょっとコレ切り過ぎじゃん?」などと言われる。

まぁ、手前味噌だけど、作っったモノが不味いという訳ではないので、これからの課題は、レパートリーを広げていくことと、適切な量を作ることというコトにしたい。


焼鮭

September 4, 2000

最後の休みを勉強することにしていたため、一応きちっと勉強。やはり、集中の度合的にはまだまだだけど、決めたことは何とか終わった。

ルームメイトと一緒に食料品等の買いだし。

Pittsburghで買ってきた焼き網を活かすべく、鮭を購入。早速、トライしてみる。最初は電気コンロだから上手く出来ないのではないかと心配していたけど、ちゃんと焼ける。結構美味いどころか、かなり美味かった。

満足、満足。

買いだしにいったにも関わらず、多くのものを買うの忘れたことを除けば…


Americanized and Koreanized

September 3, 2000

Buffaloに戻る。途中、友達と話しに夢中になって、間違ったHighwayに乗ったり、タバコが安いPennsylvaniaでまとめ買いをしたりしながら。

明日、ルームメイトの彼女がSouth Dakotaに戻るというので彼女のリクエストにそって、日本料理を食べに行く。そこそこ美味いといわれているところが休みだったので、行ったこともないようなところに行く。

こじんまりとしたレストランかと思いきや、かなり大きい。そしてどうやら韓国人が経営している店らしい。鉄板焼きと寿司がメインらしい。はっきり言ってかなり歪められた日本食レストランという印象は拭えない。アメリカ人が喜びそうな大げさな鉄板焼きのパフォーマンス、韓国人の女の人が来ている怪しげな着物(浴衣)もどき、Geisha roomなんてのがあったりして。

大体、着物の前にポケットが付いているかっていうの。

それにしても驚いたのが、spicy salmon rollなるもの。salmon rollにキムチのタレらしきものが入っていて、日本では全く味わえないような、風変わりなものに仕上がっている。確かに、まずくないし、それなりに美味しいんだけど、ここまで来ると日本的なものはどこへやら。

客であるアメリカ人受けするように歪められ、そして経営者である韓国人のテイストが加わった日本料理というのは全くもって変なものだった。


Pittsburgh

September 2, 2000

今日はPittsburghに友達に会いに行く。

去年のUMaineの時の友達がSyracuseからBuffaloまで来て、二人でPittsburghにいる友達を訪ねようというもの。突然、昨日彼女からの誘いのメールが来て、急遽決定。こんなにflexibleに遊びに行けるのも、labor dayがあるおかげ。

予想よりも早く、Syracuseの友達が到着。彼女の車は同じ96年ながら、結構故障が多いというのでボクの車に乗り換えて、一路Pittsburghを目指す。

去年のThanksgivingにもPittsburghを訪ねたので、余裕、余裕なんて思っていたら、Buffaloを抜ける前にHighwayで迷う。何とか簡単にrecover出来るものだったので、なんの支障もなく旅を続ける。

去年と大きく違うのは、二人で喋りながらドライブできること。いきなり一人でPittsburghに向かった去年は、テープ一本で4時間の旅を過ごさなければいけなかった。それに比べれば、Discmanを持ち込み、かつ話ながらの4時間は大したことが無い。

あっという間に、Pittsburghに到着。

取りあえず、一人の友達を拾って、お目当ての一つでもある日本食材屋へと行く。そして、去年の反省を踏まえながら、選ぶ。去年は調子に乗って、アレもコレもと買いすぎてしまい、レジでビックリした経験がある。

そして、味ポン、ふりかけ、梅こぶ茶、抹茶、焼き網などを購入。

University of PittsburghのCathedralの一番上まで登ったり、Bookstoreに行ったりする。

もう一人の友達と合流し、夕食を食べに行く。タイ料理。なかなかおいしい。強いて言えば、もうちょっと辛いのを頼んでも良かったかな。

その友達に車で夜景がキレイなところなどを連れていってもらう。でも、どうやらPittsburghはコレ!というモノがあるわけでもないらしい、というコトに2回目の滞在にして気付く。ルームメイトの友達の話では、”Pittsburgh is worse than Buffalo.”というコトだ。ボクはそうは思わないけど。なぜなら、街の雰囲気がBuffaloよりも都会な感じがするから。おいしい店も多そうだし。

去年、ボクがPittsburghに行ったときに、友達が連れていってくれ、そしてMastermindにはまったカフェにみんなで行き、再びMastermindをする。

随分とMastermindで遊んだ後、今日泊まる友達のウチに帰宅。

ビールを飲みながら話を続け、4時頃就寝。


明日から休みだ!

September 1, 2000

2000 fall semesterが始まって初めての休み。しかも、月曜日はLabor dayで学校は休みなのでワクワクしてくる。

取りあえず今日は飲みに行く。UBのSouth campusの目の前にESLの生徒達がよくたまっているbarがある。普通なら日本人もうじゃうじゃいるらしい。Buffaloに来て1年経つけど、一回も行ったことが無かったが、今日はルームメイトとその彼女、他の友達などと飲みに行ってみたりした。(なんでESLの生徒が沢山いるかって言うと、まずお酒を飲むときにIDを確認しない、車が無かったとしてもバスとか徒歩で来ることが出来る、っていうのが大きな理由だと思う)

はっきり言って、休みが待ち遠しくなるほど勉強していたわけでもないし、良く分からないけど何だかウキウキしてくる。もしかしたら夏の間に遊んでいたことが体から抜けてないのかもしれない。

シラキュウスに住んでいる友達から、明日からPittsburghに行くけど、一緒にどう?っていう誘いのメールを受け取り、早速行くコトにする。

明日はPittsburghで友達達と会える。