Buffaloの時の友達のBirthday partyがあったので、週末に、LAまで行ってきた。
渋滞に何回も巻き込まれたり、知らないうちに(?)違うHighwayに乗ってたりして、3時間以上かかってしまった。San Diegoを抜ける前にも結構ひどい渋滞があって、行くのを止めてしまおうかと思ったほど。もともと、勉強しなきゃ、っていう先入観(?)もあって、行くかどうしようかかなり迷ってたので、「やっちまった」感が無茶無茶強かったけど、結果的に、LAまで行って本当に良かったと思った。
Buffaloにいたときは、今と比べると時間に余裕があったせいか、イロイロなことを考えていた気がする。それに比べると、今の自分はどうだろう。Qualifying examの心配をしたり、その先のPh.D. degreeを取った後の就職のコトを考えていたりはするモノの、ほとんどと言っていいほど生産的なコトを考えない日常になってしまった気がする。
確かに、今は、賢くなかった自分が徐々に賢くなっていく過程自体が楽しいし、自分が、それまで不可能だと思っていたことが少しずつ、ほんの少しずつだけど、それに近付いている実感もある。だから、他のヒトから見れば、何でeconomicsなんかをまだまだ勉強したいんだろう、って感じだろうけど、自分では続けていけているのだと思う。
でも、それは本当に短期的なコトに過ぎなくて、自分に取って大切なことを忘れているんじゃないかと思った。勉強するにしたがって、賢くなっていくのはいいけど、それまで持っていた自由で柔軟な発想とかがあっという間に化石の様に硬くひからびてきてしまっているのを気付きながら、気付かないふりをしてきたのかもしれない。
もしかしたら、それが自分の限界なのかもしれない。そうではないと信じたいし、そうではないとも思う。本当に、自分が感じる限界なんて限界じゃないっていうのは、アメリカに来てから学んだコトのはずだし。
いや、こんな自分の内面のことを書くつもりじゃなかった…
彼のBirthday partyに行って、色んなタイプのヒトに会うことが出来たし、凄く興味深いヒトたちもいた(もちろん、全部じゃないけど)。自分にとって、反面教師的に見えるヒトもいたりして、そういう意味でも(もちろん、単純にみんなとわいわいガヤガヤとすることも含めて)、イロイロと楽しかった。
本当に、アメリカにいると、日本にいてはナカナカ話したりする機会がないようなヒトと簡単に知り合えたりして、本当に楽しい。日本からくるヒトの中には、日本人とcommunicateすることを避けるヒトもいるけど、イロイロ刺激を受けるのは、やっぱりなんだかんだ言っても、同じBackgroundを持っているヒトの様な気がしてならない。
Posted by mnchk
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