September 21, 2007
ふとしたキッカケで、高校の時の同級生がソロアルバムを最近リリースしたコトに気付いた。
彼の名前は、光永泰一朗(official blog:Wikipedia)。かなり怪しい記憶が確かならば、彼は塾高の3年の時のクラスメイトだった(はず)。別に、親しい友達付き合いをしていた訳ではなかったと思うけど、何年の時のクラスメイトだったか定かではない記憶とは裏腹に、彼のコトは鮮明に印象に残っている。
音楽の授業で「自由演奏」という課題があり、何でもいいからみんなの前で何かをやらなければいけないコトがあった。ピアノを弾いたり、リコーダーを吹いたり、歌を歌ったり、なんでも良かったはず。ちなみに、僕は、大してピアノが弾ける訳でも無いのに、一ヶ月ぐらいひたすら練習してBachの何か簡単なヤツを弾いた気がする。
で、その機会に、彼の歌声を聞くことが出来た。彼の歌は本当に上手くて、歌声に深みがあるというか、取りあえず、すごく感動したコトを今でも覚えている。ヒトの歌を生で聞いて鳥肌が立ったのは、その時が人生で二回目だった(ちなみに、一回目は、中学生の頃、渡辺美里の夏の西武球場のコンサートで、突然、マイク無しで歌うっていうパフォーマンスをしている時だったと思う)。
歌声自体に説得力があるというか、パワフルな歌声だっただけじゃなくて、キレイなファルセットも使いこないしていた。
お互いに高校を卒業し、その後、接点は無かったけれども、いつも、どこかで彼が音楽の道に進んでデビューするんじゃないかって気になっていたことは事実だった。今回、Wikipediaを見て、実は、同じくクラスメイトの新田とかとCoverをいうバンドでデビューしていたことを初めて知った。しかも、光永亮太は弟だったらしい。
光永亮太が出てきた時に、「あれ?光永がデビューしたのかな?」って思ったけど、年齢が若すぎたので、タダの勘違いかと思っていたら、実の弟だったとは。
まぁ、ゴチャゴチャ書いても仕方がないし、ちょっとでも興味を持ったヒトや、良質な歌に飢えてるヒトには是非聞いて欲しかったりする。
僕はここにいるよ-光永泰一朗
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Posted by mnchk
September 13, 2007
今回日本に帰った際に、友達に伊坂幸太郎が面白いと勧められて、移動の合間に数冊読んでみた。
読んだもの全てがアタリだった訳じゃないけれども、確かに面白かった。テンポの良さや物語の構成等、確実に読み手を、その瞬間、夢中にさせるモノがあったと思う。本当に、読んでいる時は、早く先が読みたくて、あっという間に数冊を読破してしまった。
だけど、残念な事に、あとで何度も読み返すか?と聞かれれば、答えは確実にnoなんだと思う。
実際問題、自分が小説を書いている訳じゃないにも関わらず、こういう評論じみたコトを書くのはどうかと思うのだけど、まぁ、床屋の経済談義みたいなモノというか、消費者は勝手なモノだというコトで許して貰おうと思う。
その本を将来何度も読み返すかどうか、というのが最近のボクにとって、本の評価を決める絶対的な尺度になってきている気がする。本当のところは、伊坂幸太郎だけを槍玉に挙げたい訳ではなく、最近の「話題の本」的なモノは、読んでみても、大体がそういう結論になってしまう。大げさに言えば、二度と表紙をめくられる事は無くなってしまう。
それらの本が「面白い」コトは間違いない。でも、何らかの物足りなさを感じるコトも事実だったりする。
ちょっと考えてみると、映画と異なり、本を読むという楽しさは、結局のところ自分の想像力を楽しむというコトなんじゃないかとボクは思う。ある意味、紙面に存在する文字の羅列から、その場、その場に応じた情景を、あたかも自らが映画監督のように、自分で頭の中に瞬間的に描いていくコトが、映画には無い楽しみだと思う。
ストーリー自体の魅力があるにも関わらず、ボクが二度と読み返さないであろうと思う小説に共通していると思うのが、頭の中に浮かんでくる映像が、極めて典型的でステレオタイプ的なモノでしか無いと言う事だ。すごくツルツルとした極めて普遍的なものしか浮かんでこない。それがいびつな形であったり、ヒダがあったり、トゲがあったり、極彩色に彩られていたりする事は無い。
ヒトによって好き嫌いが若干ハッキリするかもしれないにせよ、そういったユニークな物語の「味」はボクの想像力をかき立てるし、何度も楽しめる存在になる。(極端な対極の例を挙げれば、世の中に沢山あふれる新書の類いが、極小数の例外があるにせよ、もっとも二度と読まなくなる本の筆頭かもしれない)
冗長な物語は退屈でしかない筈だけれども、物語の味という意味で言えば、テンポの良さ、というのは逆に作用してしまうのかもしれない。想像力をかき立てる上で邪魔をしてしまうと言う意味で。
それほど様々なモノを読破してきている訳ではないので、100%の自信をもって語る事は出来ないけれども、本当に、最近の小説にはstorytellingが巧みなモノが増えてきたような気がする。少なくとも、ボクにとっては、往々にして、storytellingの巧みさと物語の魅力は反比例するモノな気がする。
つい最近まで、小説における、情景描写の重要性みたいなコトに注意を払った事も無かったけれども、ボクなりに考えるに、ツルツルとした物語と多少不格好でも読み手を虜にする物語との違いは、情景描写の差にあるんじゃないかと思うようになってきた。細かいディテール付きの情景描写は確実にボク自身の脳内映像を作り上げる上で重要だし、想像力をかき立てる手助けをする。作者の想定する世界を受け入れた上で自分なりの味付けをする事が出来る。
テンポ良く話を進める為には、ある種、情景描写は必要最低限に抑えるべきなんだろう。でも、それは同時に、作者が読み手を自分の土俵に引き込む為の一番重要なツールを放棄してしまっている、というコトなのかもしれない。
もしそうだったとするならば、「話題の本」的なモノにはstorytellingが巧みなモノが多いだけに、すごくもったいなく思ってしまう。
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Posted by mnchk
September 8, 2007
みんな、iPod touchに興奮気味。
オレは、新しいiPod nanoに大幻滅…
日本に帰った時に、旧iPod nano(4G)買っちゃったばっかり…
いや、そりゃ、新しいiPodが出るのは当然予想済みだったけど、まさか、新しいiPod nanoまで出るとは…
Sonyのアルミ筐体イヤホンも、ついでに買って超ゴキゲンだったのにーーー。
べ、別に、新しいiPod nanoじゃなくてもいいんだから…体積は断然小さくなってるにも関わらず、結構chubbyな感じだから、昔のヤツで全然イイもん。真剣にそう思ってるけど、こんなコト書いたら、絶対にそういう風には受け取ってもらえないんだろうなー。
iPhoneから電話機能を取り除いたiPod(=iPod touch)が出るのももうちょっと時間がかかるだろうと思ってたし、それまでのつなぎにiPod nano!って思ってたのに、ほんとにやられた。
いつも、Appleの新製品にはドキドキ、ワクワクしてきたけど、今回ばっかりは…オレのワクワク感をかえせー!
っていうか、もう、iPodごときじゃワクワク出来ないから、さっさと新しいMac Book Proの12 inchのヤツを出しやがれ、Apple。
そういえば、Appleの新しいキーボードが出た時も複雑な心境だったのを思い出した。見た目、超カッコいいし、Mac Book的なキータッチだって聞いてたけど、個人的には、かなり打ち心地が悪かった。なんか、キーピッチが短過ぎて、板を叩いている感じ。今年の冬にHHK Pro2 (墨)に大枚をはたいてしまっていたので、新しいAppleのキーボードの出来が良かったら、かなり悩むところだった。
ちなみに、あのキーボード、iMacを作る時に余るアルミ板で作っているとか、いないとか。もし、そうだったとしたら、すごいアイディアだと思う。
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Posted by mnchk